プロダクションノート

映画『湯道』におけるある意味での主役と言えるのが、史朗と悟朗の実家である銭湯“まるきん温泉”。その撮影にあたっては、京都太秦の松竹撮影所内にまるきん温泉とそこに通じる街並みの巨大セットを制作。190坪を越えるNo.6ステージの入り口に銭湯の玄関を作って、待合室、番台、脱衣場、浴場、さらに裏手のボイラー室までをそのまますべてスタジオ内に建ててしまうという、匠も驚く劇的な大改造が行われた。
さらにすごいのは、浴場の湯舟にお湯を張ることが出来て、リアルに入浴も出来るというところ。ボイラーを担当する業者が呼ばれて、史朗を演じる生田斗真、悟朗を演じる濱田岳、他ほぼ全てのキャストがそのお湯に浸かって撮影は進められた。そもそも京都の同スタジオが撮影場所となったのも、土床ということで地面を掘って浴場を作る工事が可能だったためだが、銭湯好きの方は撮影場所を聞かずとも関西方面のテイストは見て取れるはず。まるきん温泉は、湯舟が浴場の真ん中にある造りなのだ。
これは関西以西の銭湯のスタイルで、関東方面では湯舟が奥にあるのが主流。撮影条件と画作りを考えての様式となったが、実は方言こそ使われていないながら、まるきん温泉もまた京都の掛水市なる町にあるという設定。鈴木雅之監督いわく、イメージしたのはシナリオハンティングで訪れた長崎県雲仙市の“おたっしゃん湯”。町の人に愛される古き良き浴場で、湯舟の位置はまさに真ん中。まさにこれぞという、誰もが温かみを覚える銭湯が作り上げられた。
そのこだわりも隅々までにわたっていて、床や壁のタイルも実際に職人が仕上げたもの。また特徴的なのが、男湯と女湯の仕切りの上部にはめられた磨りガラス。こちらもレトロな品で、昔ながらの磨りガラスは今やかなり高価なため、現存していた古い建具(スタジオセット)の磨りガラスを外して用いるというこだわりぶりも見せている。道具に関しては、惜しまれながら閉業した京都三条の歴史ある銭湯“柳湯”から借りたもの。その見事な完成度に、京都を訪れていた俳優や作り手たちも連日見学に訪れ、まるきん温泉のセットは撮影時期の京都の新名所に!? 町の人たちだけでなく、映画人にも愛される憩いの場となっていた。

本作の鈴木監督で知られるのが、軽快なカメラワークと荘重なディレクション。シンメトリーな画作りも特徴的で、番台を中心にまさに左右対称の造りになっている銭湯は演出にぴったりの舞台だ。『湯道』でも天井からの俯瞰の画、男女の湯の境の鏡越しの画、またボイラー室の罐の中から人物を捉えた画など、遊び心ある画作りがされている。その撮影を担ったのは、『本能寺ホテル』(17年)や『マスカレード・ナイト』(21年)などで組んでいて、鈴木組には欠かせない江原祥二。今作が京都ロケとなったのも、江原がもともと京都を中心に活躍していたというのも理由のひとつ。ほかのメインスタッフにも京都の映画人が集まっている。また鈴木監督と言えば、その豪放な明るさも持ち味で、口癖はひととおり演出を付けてからの「そういうことで」。初タッグとなった生田と橋本環奈も鈴木には笑わされっぱなしで、「そういうことで」はキャスト陣の流行語ともなっていた。

入浴シーンから伝わる、風呂と人情の温かさ、映画の楽しさ。『湯道』ではメインキャストのほとんどが入浴シーンに臨んでおり、まさに裸の付き合いが現場では繰り広げられていた。また、湯から一旦上がると身体が冷えるため、湯舟を控室代わりに待機することもしばしば。全体が見える番台に監督が座って演出する姿もあって、銭湯の機能が裏側でもフル活用されていた。物理的に映してはいけないものをうまく隠して、そのうえで湯や心の機微といった精神的で映らないものをうまく描き出せるか。その挑戦が楽しかったとも語る鈴木監督。映してはいけないということで実は苦慮していたのが、ことのほか多いガラスや鏡への映り込み。カメラやスタッフの姿が映り込むこともあって、そんなときに飛び交っていたのが「ダーリング」の呪文。こちらは光沢消しのスプレーの名称で、今回の現場の必需品ともなっていた。

撮影を振り返って、「わざわざ話そうとしていたわけではないですが、気づいたら3人で固まっていましたね。3人で固まらないと、ベテラン勢に飲まれちゃうので(笑)」と冗談を交えて語っていた史朗役の生田。3人というのはもちろん、生田を含めて悟朗役の濱田、いづみ役の橋本の面々。生田と濱田は『予告犯』(15年)以来の共演。また橋本とふたりは今回が初共演となる。そして生田の言葉どおり、今作には3人のほか、ベテラン勢の名バイプレイヤーや個性豊かなキャストが集結。さまざまな場面で映画を盛り上げている。
豪華な面々に鈴木監督は、「僕の好きな方ばっかり集まってくれて、喜ばしいキャスティングになりました。撮影していても楽しかったです」とコメント。小日向文世、戸田恵子、浅野和之、笹野高史、吉行和子、梶原善、堀内敬子、森カンナ、おかやまはじめ、酒井敏也、窪田正孝、夏木マリ、角野卓造、柄本明は、これまでにもドラマ・映画で鈴木組に参加。天童よしみ、クリス・ハート、寺島進、大水洋介、藤田朋子、生見愛瑠、朝日奈央、ウエンツ瑛士、秋山ゆずき、吉田鋼太郎は、鈴木監督とは初タッグとなる。まるきん温泉で一同に演出をつけていて、「皆さんは知り合いの設定です。それ以上に知り合いですけどね」と笑っていた監督。それこそ常連組も初参加組も合わせて、キャスト陣は湯道の「湯を以って和と為す……いゆせいわ」そのままに、和気あいあいと打ち解けて撮影に臨んでいた。

映画の中で数々の楽曲が歌われていて、実はミュージカル映画(!?)でもある『湯道』。史朗と悟朗の言い争いでは、女湯に浸かっていた天童よしみ演じる良子が『けんかをやめて』(作詞:竹内まりや 作曲:竹内まりや)を熱唱。もちろん実際に天童が歌っていて、段取りでは鈴木監督が自ら歌いながら演出していたが、天童の美声に監督は「立場ないなぁ(笑)」。その天童と、竜太を演じるクリス・ハートが女と男湯の壁を挟みながら『上を向いて歩こう』(作詞:永 六輔 作曲:中村八大)をデュエットするシーンは中盤の見どころにして聴きどころのひとつ。本番は一発OKで、銭湯中に響く優しくも強い歌声に、スタッフも拍手を贈っていた。さらにエンディングでは、出演者それぞれが『YOU ARE MY SUNSHINE』(Words and Music by Jimmie Davis)を歌唱。フリースタイルで撮影されたカットで、本人のアドリブの身振り手ぶりとあわせて必見!

京都を拠点として、近畿を中心にロケが行なわれた『湯道』。風呂では滋賀の石山温泉や兵庫の有馬温泉などでも撮影が実施されているほか、実はクリス演じる竜太が入っていた刑務所の風呂も実際の刑務所で撮影! 2022年に入って廃止された、滋賀刑務所の巨大風呂でロケが行われている。一方、“湯道会館”は外観こそロケながら、内観はやはり松竹撮影所にセットとして組まれたもの。板張りの部屋の中に檜の湯舟や、湯道具、書があり、庭の色づいた紅葉を湯舟や床が鏡となって映し出すという、日本文化を集約したような空間が作り上げられた。撮影に際しては、毎回、湯面と床を塵ひとつない状態にして本番へ。湯の一滴さえも慈しむ湯道では、縁のギリギリで湯を留める作法“縁留”を重んじているため、家元・二之湯薫明を演じる角野も、業躰・梶斎秋を演じる窪田も入浴時は細心の注意を払っていたが、見事にこぼさず撮影に臨み、湯道を実践していた。

映画『湯道』がクランクインを迎えたのは、2021年11月8日。まるきん温泉のセットを舞台に、まずは回想シーンの撮影から始まった。
同シーンは25年前の設定で、まるきん温泉を背に向かって左の一角にある店舗が現在とは異なっているというのがポイント。また向かって右の一角は今も昔もラーメン店。実は湯道をテーマに映画を作るにあたって、ラーメン屋が舞台の伊丹十三監督『タンポポ』(85年)の風呂版のような作品を構想していたという、企画・脚本の小山薫堂と鈴木雅之監督。そんなところからのオマージュと遊び心もあってか、今作にも同作がモデルと思しき男女(?)が登場していて、ラーメン屋の前でドラマを繰り広げているのにも注目。
史朗役の生田、悟朗役の濱田は、この翌日9日の京都山中でのロケから撮影に参加。10日からはいづみ役・橋本も加わってのまるきん温泉でのスタジオ撮影が始まって、3人がここに揃った。それぞれセットを見て、感嘆の声を上げていた生田と濱田と橋本。監督自らがセットを案内する姿もあった。最初に撮影されたのはまさに映画冒頭の部分で、音沙汰のなかった史朗がいきなり戻ってきて、いづみ、悟朗と顔を合わせる場面。3人ともすでに作品の世界観も役の雰囲気もつかんでいる様子で、絶妙なコミカルさとシリアスさで、テンポのいいやりとりを繰り広げていた。
その後の撮影も順調に進み、橋本は12月6日に、濱田は9日にまるきん温泉のセットで撮了。監督から花束を受け取った橋本は、「京都から帰りたくないです。また皆さんとお仕事が出来るように頑張ります」と語っていた。また濱田も「まだまだ出来ます。まだまだ居たいです」と挨拶。記念撮影では、監督に肩を組まれて笑顔を見せた。そして生田は、12月22日に神戸ロケの史朗のマンションでの芝居でオールアップ。シャワーシーンということで、最後もまたお湯絡みで裸! 欲しかったという柄杓の湯桶を監督から渡されて、「終わるのが寂しくて。こんな気分は久しぶりです」とコメント。クリスマスイブの12月24日に残りの撮影も終わり、そしてついに公開へ。道もここに極まり。いよいよ『湯道』がお披露目となる。